■どんな期待やイメージを持たれて、円坐の道場に参加されましたか?
閉じ込めているエネルギーを身体で思いっきり表現できそう。
武道を通して「澄む」「生きていける」とはどんな感覚だろう。それを私なりに体験してみたかった。
苦しくて生きた心地がしなかった時期に、私に必要なことがきっとたくさんあると希望を感じ参加しました。
■円坐の道場は、どんな体験や時間になりましたか?
ただの生き物として存在する時間。コンタクトする時間。生き生きする時間。遊びの時間。正面から自分と向き合う時間。可能性が広がる体験。生き物の進化の過程。
自分の生き方(身体の使い方・反応・反射)が如実にあらわれ、今までのパターンとは違う動きに毎秒毎分集中して挑戦し続ける時間。
固まったり呼吸が止まったりしていたのが少しずつ反応して動けるようになるのがとても嬉しかった。
基本稽古の反復動作により毎回微細な違いに気づいていった。
怖さ、弱さ、憤り、不条理、不自由さ、もどかしさ、悔しさなど、私の中にあるいろいろを認め全部引き受ける感じが好きでした。
言葉で表現しきれないどうしようもない気持ちを身体全部を使って健全に表現する。
向き合い受け止めてくれる人がいるから成り立つ。
そして、相手を受け止めることができる私もいる。仲間のエネルギーを感じ受け止め合う。
間合いといなし方を感覚でつかんで、自分を守りつつそれができる。
安心、安全、信頼ってこういうことだ。
コンタクトってこういうことだ。
身体で感じるシンプルで新鮮な体験。
潔く澄んでいく感じがあった。
最高に気持ちよかった。
どんどん生き生きとしていく自分を感じ、生きる尊厳を取り戻していく時間でした。
それぞれの課題に本気でひたむきに向き合う時間には美しさがありました。
部活感?みんなで舞台を作り上げたような?そんなふうにも感じます。
幼少期の矯正で封じ込めた利き手の左手を存分に使い表現できたことは、本来の私を取り戻す大きなきっかけでした。
不自由さや生きづらさに影響していたのは盲点でした。拳を使う空手ならではの気づき。反骨精神が目覚めた。
■日常での変化や影響はありましたか?あったとしたら、どのようなものでしたか?
・強くなりたい一心で円坐と平行して空手の道場に通い始めた。男性多数の中にいることに拒否反応が出たり怖くなったりしたものの、年齢や性別や社会的立場を超えてお互いを尊重し自律の精神を大切にする道場でのシンプルな関わりが居心地よく、最強の推しの真正面に等身大で立てた時は夢のようだった。
円坐がなければ、日常でこんなに楽しく新鮮な感動を重ねる環境に出会えなかった。
円坐での体験が日常に溶けこんで、空手が私の大きなサポートになっている。
・本当は人と正面からコンタクトして生きたかったこと。その相手が欲しかったことに気づいた。
・人の目を真っ直ぐに見れるようになった。
・度胸がついて逞しくなった。
・全体を観る感覚がつかめてきた。
・落ち着きと余裕ができた。
・耐性領域が広がった。
・リカバリーが早くなった。
・自分の感覚を大切にするようになった。
・自分で居心地の良さを作るようになった。
・人生の選択肢が広がった。
・好奇心と挑戦の量が増えた。
・身体にも心にも遊びができた。
■講師(岡本太郎)の印象はいかがでしょうか?
静かな情熱。誠実。真摯。謙虚。丁寧。安心感。安全感。信頼できる。距離感が絶妙に心地よい。ひとりひとりを尊重しよく観てくれている。溢れるホスピタリティ。なんでも率直に話し合える。無邪気。純粋。素直。清涼感。ユーモアセンスがいい。たまの毒が面白い。
■どんな人に円坐の道場をすすめたいと思いますか?
背側強めさん。自分を責めてしまう方。不自由さを感じている方。表現が苦手な方。感情や欲求を閉じ込めている方。生き生きしたい方。のびのびしたい方。コンタクトしたい方。